中国広東省陽江県には、自然放射線が普通の地域より約3倍高い地域があります。この高い自然放射線地域の人たちと普通の地域の人たちの健康状態を比較するため、合計約11万人に対する健康調査が10数年にわたって続けられています。まだ中間報告ですが、それによりますと、固形がん死亡率と住居地での各人の総被ばく量(宇宙線、大地からの自然放射線、体内の自然放射線の合計)の関係は表1のようになっています。表1では、自然被ばく量(集積線量)が一番少ない普通地域のがん死亡率を1として、4群に分割した高い自然放射線地域のがん死亡率をそれぞれ相対比で示しています。高い自然放射線地域のがん死亡率は、どの被ばく量の地域でも、普通地域より低い結果になっています。ただし、中間報告ですから決定的なことは保留すると述べられています。

 

表1 自然放射線被ばく量別の固形がん相対リスク

自然被ばく量
(ミリシーベルト)
症例数
相対リスク
95%信頼限界
0-99
142
1(基準)
100-199
261
0.83
0.65-1.06
200-299
211
0.98
0.76-1.26
300-399
263
0.90
0.68-1.18
400以上
82
0.66
0.45-0.98

菅原 努 環境と健康 Vol. 13, No.6, 285-294(2000)

 

 末梢血のリンパ球の染色体異常の頻度について、「高い自然放射線地域(HRBA)」の住民と「普通地域(CA)」の住民の比較をしたところ、例えば年齢70歳での頻度の平均値は、HBRAの人で0.35%、CAの人で0.18%でした(T.Jiang et al:J Radiat Res Suppl 41,63-68,2000)。自然放射線の生涯被ばく量の違いが、染色体異常で検出できたのは驚きです。ここでいう染色体異常とは、2動原体とリング(図1)のことです。ところで、図1に示すように、染色体に放射線で2箇所に切断が入った時、切れた染色体部分が元と違った相手と結合すると、2動原体とリングの他に転座も現れます。この転座を蛍光インシチュ交雑法という高感度の染色法で調べたところ、転座頻度はHBRAの人で1.4(±0.8)%、CAの人で1.4(±0.7)%となり両地域で差がありませんでした(I.Hayata et al:J Radiat Res Suppl 41,69-74,2000)。2動原体またはリングを持つ細胞は死ぬ運命にある細胞ですから、がんの発生とは無関係です。なぜなら、がんは生存力のある細胞にしか現れないからです。他方、がん細胞の中には特異的転座を持つものがしばしば見つかっています。従って、転座の頻度は、がんの頻度と関係がある可能性があります。幸いにも、転座の頻度は「高い自然放射線地域」と「普通の地域」での差はありませんでした。この調査結果は、両地域でのがん死亡率にほとんど差がなかった事実ともよく一致します。

 


図1 染色体の2箇所に切断が起こったとき発生する典型的染色体異常の3種類の模型図

 

 染色体異常頻度は、放射線リスクのモニターとしてよく使われ、しばしば被ばく量の生物学的線量計に使われています。この場合は、主として2動原体とリングが使われます。転座は染色体の形の異常として検出するのは難しいので、線量計の代用にはよくありません。 ところで、上に述べたように、(2動原体 + リング)の頻度に比べて、転座の頻度は約4倍高い。そうして自然放射線の被ばく量が3倍高い地域でも、転座の頻度は普通地域とかわらない。これは、なにを意味するのでしょうか? 転座という染色体異常は、自然に多発しているのです。自然にということは、活性酸素や細胞の代謝産物の影響、DNAの複製時のエラーなどによる傷がもとであるということです。この自然にできる傷の量に比べると、自然放射線による染色体の傷の量は無視できるほど少ないのです。自然レベルの程度の放射線をこわがる理由は、染色体異常の発生の場合にも、全くありません。

(引用資料の原著は近藤宗平:「人は放射線になぜ弱いか」
講談社ブルーバックス(1998)に譲る)


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