低線量放射線の生体影響

◆広島・長崎の原爆生存者や医療被曝のデータは、高線量における放射線発がんに関する重要な知見を与えるものだが、同時に急性の、また断続的な低線量照射の影響もあり、自然放射線や職業的被爆による慢性的な影響とともに、低線量放射線照射のリスク評価に関する重要な情報を提供する。しかしながらこれらのデータ解析の方法論的に考慮すべき重要なポイントがある。

 第一には調査の公平性や交絡因子の問題、第二には統計的な正確さの問題である。統計的な質を向上させるためには、標本数を大きくする、照射線量の幅を大きくする、様々な調査の結果をまとめて総合的に評価する、などが考えられる。同じ解析方法を用いることも必要となるだろう。このような観点で行われている調査が現在"室内ラドンと肺がん"および"放射線従事者におけるがんリスク"に関して進行中である。

生物学的影響の評価に関する方法論として以下のものが考えられる。

  • 被爆の新しい生物学的指標(例えばFISH法(蛍光in situ ハイブリダイゼーション特定の遺伝子を蛍光物質で標識して、染色体上での存在位置を蛍光顕微鏡で検出する方法)による)、被爆による初期過程の指標(例えば染色体異常)、遺伝的な放射線感受性の指標などを考慮した分子レベルでの疫学的評価
  • 線量・線量率を考慮した動物実験データによる評価
  • 放射線発がん機構からの評価

 この中で特に低線量被爆の場合の生物学的影響評価においては、放射線発がん機構の解明が最も大切な方法論となるだろう。

 結論的には

  • 低線量被爆の疫学的調査からリスク評価を行うことにはいくつかの困難があるが、重要なデータを提供していることは間違いない
  • データ解析方法の統一や交絡因子の考慮などによってさらに有意義なデータを提供することができる
  • 新しい生物学的影響評価の方法論の開発・発展によって正しい評価が可能となるだろう

 

◆1972年から続けられている中国Yangjiangの高自然放射線地域 (HBRA)(放射線レベルが近隣のコントロール地域の約3倍である)の疫学調査は1991年から日本の研究者が参加協力し、現在も進行中である。この調査からは発がんリスクに対する低線量・低線量率の影響に関する重要な知見が得られている。

 この地域はさらに高線量・中線量・低線量に分類され、それぞれ室内ラドン(Rn-222) が57.9、48、39 (コントロール18) Bq/m3、Rn-220が140、79、62 (コントロール1.24) Bq/m3である。1979-1998年のデータから以下のことが明らかになった。

  • HBRAでのがん死亡率はコントロール地域より低い。ただし統計的な有意差はない
  • がん死亡率と(3つの地域での)放射線レベルとは関連性はない
  • HBRAでの不安定な染色体異常(dicentrics(染色体異常の一種。[二動原体染色分体。動原体(染色体の有糸分裂の時に紡錘糸が結合する部分)を形成する遺伝子部分が、遺伝子の組み換えの際に均等に分割されずに一方に集まったもの)とrings(染色体異常の一種)の生成)はコントロール地域より統計的に有意に増加しているが、安定な染色体異常(translocation)には有意差はなかった

これらのことはLNTに反すると考えられる

 

◆白血病の線量・線量率効果係数(Dose and dose rate effectiveness factors :DDREF) を求めるために8週齢のC3Hマウス(マウスの系統)の雄を用いて高線量率と低線量率の全身照射を行った。

 線源Cs-137で高線量率グループは照射線量率88.2cGy/minで照射量0.125、0.25、0.5、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0Gy、中線量率グループは照射線量率9.56cGy/minで照射量1.0、3.0、5.0Gy、低線量率グループは照射線量率0.0298cGy/minでは照射量1.0、2.0、3.0、4.0、10.0Gy、照射線量率0.0067cGy/minでは照射量1.0、3.0、4.0、10.0Gy、照射線量率0.0016cGy/minでは照射量1.0、2.0、3.0、4.0Gyの照射を行った。低線量率グループは22時間/日で3-200日間連続照射した。

 腫瘍と白血病は1Gy以上で顕著に増加し、すべての照射率グループにおいて3Gyで最大となった。0.99%のコントロールグループに対して高線量率グループでは23.5%中線量率グループでは11%低線量率グループは7.3%,7.2%, 6.3%であった。白血病による死亡時期は100-1000日にわたり、高線量率グループと低線量率グループ間の差異は見られなかった。DDREFは1Gyで2.96、2Gyでは4.92と求められた。

 また、照射線量率0 cGy/min、0.005cGy/min、0.1cGy/min、2cGy/min、で22時間/日、400日間、総照射量がそれぞれ0、0.02、0.4、8Gyの照射を行った。2cGy/minのグループのみ死亡時期が短縮された。

 

◆X線、Co-60γ線、Cf-252中性子線、H-3水による胎内被爆によりPTHTF1マウス(実験用に作成されたマウス)の体細胞変異の線量依存的な直線的増加が見られた。肝臓がんと皮膚がんは放射線照射のみでは発生しないが、TPA(プロテインキナーゼCを活性化するのに用いられる試薬)投与により顕著に増加した。奇形の発生には明らかなしきい値が見られた。4.3mGy/min以下の線量率ではX線による変異とがん発生に1/3ないしは1/8の低下が見られ、奇形は1/20に低下した。

 6週齢のC3H/HeJ(マウスの系統)とC57BL/6Jマウス(マウスの系統)に0.4-6.8GyのCo-60 またはCs-137によるγ線を0.04-1189mGy/minの線量率で4週間照射した。6.8Gyでは両系統に高い確率で白血病が発生した。照射率の低下に伴い発生率が低下した。

 しかし、DNA二本鎖切断修復機能欠損のSCIDマウス(重傷複合免疫不全症マウス。遺伝的に機能的T細胞および機能的B細胞が欠損している突然変異マウスの系統)ではγ線による奇形と白血病が顕著に増加したが、線量率の低下に伴うこれらの傷害の低下は見られなかった。固形がんの発生は0.04Gy/minでの照射においては顕著な低下が見られた。これらの結果は線量率の重要性を示すものである。

 ヒト組織を改良SCIDマウスに移植することによってヒト組織の発がんを実験的に検討できる実験系を確立した。これを用いてヒト皮膚と甲状腺組織にUV-B(B波長紫外線。波長290-320nmの紫外線で最も効果的に日焼けや皮膚黒化を引き起こす。過剰の暴露はがん化の原因となる。一方、正常な発育、カルシウム代謝の促進やビタミンDの合成などに必要な紫外線でもある)を毎日またはCs-137γ線を毎週照射した。皮膚がんは130J/cm2以上で発生した。甲状腺のγ線照射ではp53と c-kit(がん遺伝子の一つ。タンパク質は造血前駆細胞、マスト細胞、色素細胞、生殖細胞の増殖・分化に重要な役割を果たしている)の変異が総照射量24Gy以上で見られ、20Gy以下では見られなかった。60Gy以下では甲状腺がんの発生は見られなかった。このようにヒト組織においてがん発生のしきい値の存在が示唆された。

 

(以下、ポスターセッション)

◆Yangjiang(中国) Kerala (インド)Guarapari (ブラジル)Ramsar(イラン)は世界で最も高い自然放射線量が記録されている住居地域である。Ramsarのある地域 (very high background radiation areas, VHBRAs)、特にTelesh Mahalleh地域では放射線従事者の許容限界の3倍にもおよぶ高い線量が計測されている。この地域では

  • 腰の位置でのγ線量は約20mSv/時
  • 約2,000人の居住者がいる
  • 地下水のRn含有量は数百Bq/リットル
  • 土・岩石のRn含有量は40kBq/kg
  • 室内ラドンレベルは数千Bq/m3
  • 地域住民の環境からの被爆量はβ線+γ線で20-260mGy/年である

 このような高い自然放射線被曝の生物学的影響は

  • 周辺のコントロール地域の住民と比較して、免疫機能の低下や血液学的な悪影響は特に認められなかった
  • 染色体異常はコントロール地域の住民と差異はないが、1.5Gyの照射による染色体異常の増加はむしろ少ない

 これらの結果からこの高自然放射線被爆は住民も健康に悪影響を及ぼしているとは考えられない。

    


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