BBC放送(Radio4、2000年6月14日 21:00-21:30放送)

 今年6月14日、英国BBCラジオ放送で「しきい値なし直線仮説」についての討論番組が放送されました。これは、世界的にみても画期的なことであるため、その放送内容と共に取り上げました。


放射線のしきい値なし直線仮説(LNT)の是非

 広島・長崎の原子爆弾で見られたように、大量の放射線は生命を脅かすものであり、一般的に「こわいもの」というイメージがあります。しかし一方で、自然界には少量の放射線が存在します。従来から少しの放射線であっても、がんを引き起こすと考えられてきましたが、近年、少しの放射線はむしろ身体のために良いという、まったく反対の考え方がでてきました。ここでは、双方の立場をとる一線級の科学者の意見をまとめました。討論に参加した科学者は、以下のとおりです。

     

M. ポリコーブ
R. コックス
Z. ヤワロウスキー  

B. コーエン
S. ダービー
A. ゴンザレス
B. ウィンズ

米国原子力規制委員会医学顧問
英国放射線防護庁
ポーランド放射線防護研究所
元国連科学委員会委員長
米国ピッツバーグ大学名誉教授
英国帝国がん研究所
国際原子力機関放射線・廃棄物安全部長
ランカスター大学リスク認知研究部長

自然界の放射線

(M.ポリコーブ:アメリカ原子力規制委員会医学顧問)
  自然界の放射線量は場所により、通常の場所と比べて5倍あるいは10倍以上も高い場所がある。しかし、そういった場所に住んでいる人たちに、がんの発生率が高いということはなく、むしろがんの発生率は低く、寿命は長いくらいである。


大量の放射線の影響

(R.コックス:英国放射防護庁)
 大量の放射線を受けると、臓器を構成する細胞が、細胞死を起こすことははっきりしている。ある程度以上の割合の細胞が細胞死を引き起こすと、臓器は機能を果たせなくなり個体の死が起こる。


しきい値なし直線仮説

  少量の放射線に対する安全基準には、しきい値なし直線仮説の考え方が用いられている。放射線をより多く受ければ、影響もその分大きくなるという考え方で、したがって少量の放射線であっても、受けた分だけは影響があるとする考え方である。

(Z.ヤワロウスキー:ポーランド放射線防護研究所、元国連科学委員会委員長)
  しきい値なし直線仮説は、安全基準として用いられているが、純粋に科学的根拠に基づいているものではなく、管理上の政策に基づいていることが問題である。ありもしないリスクに何十億ドルも費やしているが、むしろ医学などもっと有効な分野に資金を使うべきである。


ラドンと肺がん

(B.コーエン:米国ピッツバーグ大学名誉教授)
 米国のラドン濃度と肺がん発生率の関係を調べた疫学調査では、ラドン濃度の高いところで、肺がんの発生率が低いというデータが得られた。つまり、ラドン濃度と肺がん発生率には逆相関が見られ、このデータはしきい値なし直線仮説とは矛盾した結果を示している。

(S.ダービー:英国帝国がん研究所)
 生態学的な疫学調査では、誤った推論をしがちであり、個人のレベルで何が起こっているかなどは、到底結論できるものではない。集団としてのリスクは評価できるが、コーエンの疫学調査は、あたかも個人に着目したように見せかけており、その方法論は誤っている。 ウラン鉱夫や一般の住宅についての私の調査では、ラドン濃度が増えると発がん率は増えるというデータが得られており、ラドンは少量でも肺がんの発生に影響を与えている。

(A.ゴンザレス:国際原子力機関放射線・廃棄物安全部長)
 極めて少量の放射線の疫学調査では、統計学的に満足するデータは決して得られない。つまり、違いを見るためには、極めて少量の放射線を受けた10億人と、受けていない10億人とを比較する必要がある。さらに、がんの自然発生率は集団や地域、観察時期によって変動するが、この違いは少量の放射線による違いよりも、はるかに大きいということに注意が必要である。


少量の放射線への適応応答

  疫学調査では統計的な問題があり、少量の放射線影響について決定的な結論を出すことができない。また、放射線はどんなに少なくても細胞のDNAにダメージを与えるということが言われてきた。

(M.ポリコーブ)
  少量の放射線は、大量の放射線と同様にDNAに損傷を引き起こすが、少量の場合は、むしろDNA損傷をコントロールするシステムを活性化する効果の方が大きい。ヒトは呼吸により酸素を身体に取り込み、細胞に送り込んでいる。その中には反応性に富んだ活性酸素があり、ものすごい数のDNA損傷が常に引き起こされている。DNA損傷を生み出すのは、放射線だけではないことに注意が必要である。DNA損傷を修復するシステムを我々の身体は身につけており、多少のDNA損傷が起きても簡単にはがんにはならないのである。

(A.ゴンザレス)
  少量の放射線を1回受けると、DNA損傷を修復するシステムが刺激され、次に放射線を受けたときの影響が緩和されるという適応応答の現象は認めるが、それだけで発がん等のリスクがゼロになるとはいい切れない。


しきい値なし直線仮説(LNT)の是非

(A.ゴンザレス)
  しきい値なし直線仮説は生物学的なものではなく、防護や規制に用いられるものである。生物学的にしきい値があったとしても、規制当局は必ずそれに従わなくてはいけないというものではない。これ以下ならば絶対に安全であるといった基準値は到底決められるものではない。しきい値なし直線仮説はむしろ政策的なものである。

(B.コーエン)
 しきい値なしの直線仮説のおかげで、影響がないレベルにも関わらず、放射能によって汚染された土壌を浄化するために、何十億ドルものお金が費やされている。大気汚染では、少量での影響があるのかないのか本当のところはわかっていないのに、人々はしきい値を受け入れている。放射線についても同じように、しきい値を導入しても良いのではないか。 しきい値なしの直線仮説はモデルとして単純であるが、その単純さゆえに人々に不安をもたらしている。大気汚染の例でいえば、これ以下ならば影響はないといい切ってしまった方がよいし、人々も影響はないと信じている。

(Z.ヤワロウスキー)
 第2次世界大戦前には放射線恐怖症はなく、喜んで放射線を受けていた時代がある。戦後、広島・長崎の影響や核実験の影響などが取沙汰され、しきい値なし直線仮説は冷戦時代核兵器保有国における、心理的兵器として作り出されたものである。

(B.ウインズ、ランカスター大学リスク認知研究部長)
  リスクを受け入れるかどうかは、それに伴ってどのくらいの便益があるかということと関係するし、住居のラドンのようにリスクを容易に取り除けるかということとも関係する。 規制当局は科学的な事実を大切にしなければならないが、不確実さがあるのが現状である。一方、マスコミが科学的な真実にかかわらず煽り立てるため、人々の不安はいくらでも大きくなる。


 放射線のしきい値なし直線仮説は、一線級の科学者の間でも意見が分かれる問題であり、その是非は今のところ白黒はつけられず、議論を続けていく必要のある課題である。


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