低線量放射線に対する生体影響

財団法人電力中央研究所
低線量放射線研究センター
上席研究員 酒井 一夫

 ここ10年くらいの放射線生物学の研究で、わずかな量の放射線を生物に照射すると、生物は非常に巧妙な応答をしていることが分かってきました。例をあげますと、マウスに0.5Gy程度の低線量放射線を照射し、2週間後に致死量の放射線を照射しても死ににくくなるという放射線適応応答、生体にとって有害な活性酸素を除去する抗酸化物質の増強、身体内外の様々な要因により切断等の損傷を受けたDNAの損傷修復能の増強、また、DNA損傷を受け修復された細胞が、その後組織に害を及ぼす可能性のあるときに、その細胞を除去する仕組み(アポトーシス)の活性化、さらには免疫機能の活性化などです。

 これらの応答は、生物が様々な発がん要因にさらされた後に、がんが発症するまでの次の図に示すような各段階で活性化しているのです。したがって、上述の低線量放射線に対する生物の応答は、がんの発生を抑制する方向に働いている可能性があります。

 

 

 電中研・低線量放射線研究センターでは「低線量率放射線長期照射設備」が設置されています。この施設を利用して、低線量率の放射線照射が、がんの発生抑制に効果があるのかどうかの検証実験をマウスを用いて行っています。これまでに得られた結果では、ある照射条件では、がんの発生が抑制される可能性が示唆されています。  

 これまでの放射線生物学では、低線量率放射線の長期照射という領域は、ほとんど本格的に取組まれてこなかったといえるでしょう。この低線量率放射線の長期照射実験のデータをさらに継続し、生体の応答に関する情報を蓄積することによって、従来の放射線生物学の知見の見直しを行うことができます。また、これらのデータを放射線防護に反映させることにより、より合理的な科学的根拠に基づいた放射線防護体系を作り上げることが可能となるでしょう。


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