パネル・ディスカッション

座長:財団法人電力中央研究所
研究顧問 田ノ岡 宏
パネリスト:講演者全員

 座長より、放射線の発がん作用にしきい値があるかどうかという、各講演者への問いかけからパネル・ディスカッションは始まりました。

酒 井: この質問は、答えるのが非常に難しい。しきい値は動物から人への外挿の形では考えられると思います。放射線防護で採用されているLNTモデルは、生物の巧妙さを無視しているといます。
菅 原: しきい値はあると思います。がんの発生には遺伝的不安定性が絡んでいますし、日常的な被ばくレベルではがんの発生増加は認められていないからです。
クラーク: この質問に答えるには、もっと研究が必要だと思います。一般公衆は、廃棄物の地中処分のような環境的被ばくを問題にしますが、疫学的手法からこのレベルの影響の有無を出すには統計的に限界があります。したがって、放射線による生体への影響を、複雑な相互作用を考え、放射線作用の仕組みを明らかにすることが必要でしょう。放射線は、非常に弱い発がん作用しかないことは明らかですが、身体内に無差別に当たります。しきい値があると考えた場合、放射線に対する臓器の感受性は個々に違いますから、臓器別の線量限度が必要となり、平均的な被ばくの取り扱いが困難になります。また、被ばく歴が個々人で異なることが考えられますから、防護基準を組立てるのが難しくなります。
テュビアナ: チェルノブイリ事故があったときに、53,000人ががんで死亡するという計算が出されましたが、これは計算方法が間違っていました。LNTから求めたリスクを集団線量に当てはめて計算したのが間違いなのです。5〜10mGyの線量で細胞内に何らかの変化が起こり、様々な相互作用が起こっていることは間違いないと考えられるのですが、それを支持するデータが不足しています。現在、求められている重要なデータは線量のデータではなく、線量率のデータなのです。数mGyでも発がんの可能性はあると考えられますが、1〜10mGyの環境線量では発がんの可能性は認められていません。したがって、しきい値があるかどうかは単純には言えません。
クラーク: この問題については、高自然放射線地域に住む住民についての疫学調査結果、また職業人についての国際がん研究機関における解析待ちです。
菅 原: 職業人についての疫学調査は、医療被ばくや生活スタイルという疫学調査結果を修飾する交絡因子が調べられていないのが問題で、得られた結果には疑問が残されます。放射線発がんは、白血病と固形がんとを区別したほうがよく、固形がんはがん年齢になってから増加を示します。なぜがん年齢にならないと増加が見られないのか、その仕組みは不明です。マウスの実験もありますが、やはりがん年齢にならないと放射線によるがんの増加が見られません。また、問題は、1回の被ばくでその後がんが発生することで、1Gyの被ばくでがんが発症するということではありません。つまり線量率が問題なのです。
クラーク: 放射線影響研究所が原爆被爆者の疫学データの解析を行った結果では、100mSv以上でがんの過剰があるとされています。この100mSvという線量は、ラドン被ばくなどを考えると一般公衆が受ける可能性があります。したがって、線量率が重要な課題となります。
開場からの質問1: 線量のレベルを何処で切るかが問題だと思う。一般公衆の放射線恐怖の原因はLNTの考え方にあります。しきい値の有無というよりも、無視できる線量があるとはっきりいって欲しい。
クラーク: イギリス、フランスで原子力施設周辺の白血病クラスターという話がありました。原子力施設からの放出放射能、従業員の被ばく線量を調べた結果、白血病の原因は放射線ではないと結論されています。施設から放出される放射線によるリスクレベルは、公衆にとっては問題にならないくらい低いのです。バックグラウンド線量が地域によって大きく変動しているにも関わらず、健康影響が出ていないという事実があります。LNTモデルでは、バックグラウンドレベルの放射線量でリスクがどのくらい増えるか見ることが可能ですが、得られた値は、現実と一致しません。
開場からの質問2: 中国の高自然放射線地域住民の疫学調査ですが、生活水準が低いために、多くの人はがん年齢になる前に他の病気で死んでいるのではないでしょうか。
菅 原: 高自然放射線地域住民と対照地域の住民とは、生活水準がほぼ同じです。また、個々人の被ばく線量の測定、摂取食物の把握等の交絡因子も十分に把握しています。それにも関わらず染色体異常の増加とがん死亡率との間には相関がありませんので、生物学的な解析が重要なのです。
開場からの質問3: リスクを確率で表すということが、誤解を招いていると思います。放射線被ばくによる影響のリスクは予測値であるのに対し、原爆被爆者から得られたリスク値は確定値なのです。リスクの表現方法を考えないといけないと思います。
テュビアナ: カナダのオタワ大学でマウスを用いた低線量率放射線照射実験が行われています。その結果ではマウスの寿命短縮は起こらず、寿命が延長するということです。何かものをいうにはまだまだデータが不足しているのです。
開場からの質問4: 現在、日本では高齢者の2人に1人はがんで死亡すると報告され、増加傾向にあります。現実のがんの発症要因には様々なものが絡んでいます。このような状況下で放射線の作用だけを取出した動物実験結果を採用することが妥当なのでしょうか。放射線の作用は、他の要因とは独立と考えるのでしょうか。
クラーク: 日本人の50%ががんになるということは、日本が長寿国であるということです。放射線が独立に作用するのかどうかについては、国連科学委員会の報告に記載があります。放射線と喫煙とは相乗効果がありますが、その他の要因については相乗効果は見られないと記載されており、放射線は独立に作用していると考えています。
テュビアナ: 長寿国でがんの死亡率が高いのは当然のことで、フランスでは40%ががんで死亡しています。IARCは、がん死因の70%はライフスタイルにあると報告しています。
菅 原: 日本でがんが増加傾向にあるとおっしゃられましたが、高年齢者の数が増加しているために見かけ上がん死亡率も増加しているように見えるのです。がん死亡率自体は、年齢補正をしますとむしろ減少傾向にあります。
酒 井: 私は放射線と化学物質との併用実験を行っていますが、低線量域では両者の作用が問題になるようです。
まとめ
(線量限度をどうしたらよいか)
 
酒井: 線量限度というものは、個々人の放射線感受性が異なることが分かってきているので、一般化するか、あるいは個人を対象とするかで異なってくると思います。
菅 原: 線量限度は、現在の値よりも厳しくすることは必要ありません。放射線発がんの仕組みを明らかにするために、系統立てた実験を今後行う必要があります。
クラーク: 疫学データから得られた値よりも厳しくする必要はないと思います。しかし、一般公衆はより厳しくすることを望んでおり、0リスクが望まれている。最終的な判断は、政治家が行うことだと思います。
テュビアナ: 現状の値で十分だと思います。医療被ばくと原子力による放射線被ばくとはリスク の考え方が異なっていますが、適切な措置を取ることにより、現在1000マイクロSvの医療被ばくを原子力発電による放射線被ばくレベルまで下げられるでしょう。


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