総合討論

田ノ岡
ポイントを一言ずつ。
丹 羽
現実の生物学とICRPやBEIR reportのギャップは大きい。どうすれば埋めることができるか。私は素線量のradiation biology が大切と思う。
Mitchel
ICRPの認識と我々のデータの間の食い違いが問題。私は低線量放射線は生物学的な現象(例えば遺伝子の不安定性など)の速度(rate)に影響すると考える。
渡 邉
生命は常に低線量放射線の影響下で進化してきた。そのため様々な応答メカニズムを持っている。このような生物の応答の研究とリスク評価は分けて考えるべきだ。
野 村
放射線以外にも生体に対する様々な害がある。例えばコンベンショナルのマウスでは1Gyの照射では奇形の発生や白血病は起こらない。このようにリスク評価にはいろいろな環境因子の影響を考慮すべきだ。
酒 井
低線量照射の生体影響の多様性には驚くべきものがある。しかし今の放射線生物学はすべて高線量照射によるものだ。素線量という考え方は本当に細胞核当たりで考えて良いのか。また放射線防護と科学研究のすれ違いがあるが、すりあわせができる時期に来ていると思う。
松 原
放射線生物学者が研究の便宜上高線量照射による研究でよしとしていてはいけない。低線量照射によって何が起こっているのかよく見るべきだと思う。私は低線量照射の発がんプロモーションなどへの影響を見てみたい。またバイスタンダー効果についても興味がある。生命のメカニズムを追求するという見地から本質に迫る研究を行う姿勢が必要だ。また、低線量照射はゼロリスクでなければならないという固定的な見方ではいけない。
Cox
メカニズムの解明が必要だとの意見には同意する。遺伝子の不安定性は興味深い。すべての研究分野を総合的に進める必要がある。
田ノ岡
ICRPでは低線量の生体影響のデータを積極的に取り入れる用意はあるか。
Cox
ICRPはすべてのデータを見る。どんなデータも除外しない。
Cox
遺伝子の不安定性に関する低線量照射の影響についてはどうか。
Mitchel
DNA2本鎖切断の修復は2つの経路で行われる。1つはnon-homologous rejoiningでもう1つはhomologous recombinationだ。前者はerror prone(間違いを起こしやすい)で後者はerror free(間違いを起こさない)タイプの修復だ。これらの修復のバランスが発がんに大きく影響する。低線量放射線はこのバランスに影響すると思われる。
丹 羽
non-homologous rejoining は必ずしも間違いを起こしやすいとは限らない。しかし両者のバランスが重要ということに関しては賛成だ。
Cox
丹羽の意見に賛成だ。Non-homologous repairがerror freeかerror proneかについてはよくわかっていない。
田ノ岡
線量依存性についてはどうか。低線量照射で重要になるか。
Mitchel
誰にもわからない。
会 場
日本人の2〜3人に一人ががんになるというのが現実だが、生体には防御機能が備わっているというが、なぜそんなにがんが多いのか。これは防御が追いつかないためか、それとも加齢によって防御機能が低下するためか。もしこのような状況で低線量でも放射線被ばくするとがんがさらに増えるのではないか。
Cox
生物の現象で完璧なものは何もない。特にがんには様々な他の因子が関与している。食事、喫煙など複数の因子が影響する。
松 原
生体では常に活性酸素を作り、消去している。防御はそれらの生理的に発生する活性酸素に対して行われるもので、がんの発生の原因は様々で必ずしも防御が対応できるとは限らない。
丹 羽
年齢で補正するとがんは増えていない。若くして死ぬとがんにはならない。
会 場
少ない線量の放射線の影響は修復されたり、防御されたりして問題にならないというが、なぜ抑制的に作用するのか。
Mitchel
生殖年齢以後は生物としてもうメカニズムが用意されていない。それでも適応応答はある。これはボーナスの様なものだ。
会 場
安全審査会議では例えば250mSvの被ばくが3秒間に行われた場合も、50時間で行われた場合も同じ土俵で議論をしているが、どう思うか。
野 村
線量率効果がないように見える場合があり、これまでの実験ではそれがあまり見えなかったためにそのような議論になってしまったのだろう。しかし実験的には線量率効果を明らかにするのは実際に難しい。ある線量以下では線量率効果が見られないところがある。このような実験結果と防護のような政治的な問題は別にして考えるべきだろう。
田ノ岡
科学的にみても線量率効果係数はこれまで思っていたより大きいのは確かだ。環境研での低線量率のデータを集めつつある。
酒 井
環境研や電中研での実験などで真の意味の線量率効果のデータはようやく出始めたところ。
田ノ岡
政治的な意味合いということについてどう考えるか。
渡 邉
生物が低いエネルギーを利用することがあってもおかしくない。そこで放射線の影響を分けた実験が可能か。自然放射線レベルの被ばくの影響については分けることは不可能だろう。そうなると議論する意味があるか。低線量放射線に対する様々な応答は当然起こるだろう。自然放射線の生体影響を問題にしても仕方がない。したがってこのレベルの放射線の影響は社会的な観点で考えることになる。
田ノ岡
昨年のシンポジウムではクラーク(国際放射線防護委員会・主委員会委員長)がリスクを5段階に分類したが、一番下のランクは、消して良いのか。
Cox
昨年以来変更があり、それに関しては今も議論している。
会 場
10mGyや100mGyでDNA修復が増大したというような実験データはあるのか。
Mitchel
ある。ひと繊維芽細胞で低線量の前照射によって高線量照射によるDNA傷害(微小核の形成)が1/3に減少した。これはDNA修復が亢進したためだ。これはフランス語で発表された。
田ノ岡
近藤先生、コメントを下さい。
近 藤
(会 場)
英国放射線科医の疫学報告書やアメリカの原子力船修理工の疫学データではがん死亡率の低下が見られる。これはDNAの損傷に対する修復のホルミシス作用によるものだろう。
酒 井
これらのデータをICRP勧告で考慮するつもりはあるか。

Cox

委員会は考慮しているが、しかしこれらの有益な作用は"健康労働者効果"である可能性も残っている。
田ノ岡
中国の高バックグラウンド地域の疫学調査でもこの問題が取り上げられているが、菅原先生、どうか。
菅 原
(会 場)
防護に関しての私の関心は、自然放射線レベルをどこまで上げてゆくと、どのような生体影響が現れるかにある。しかし、がんの発生は様々な因子が関与するので、がん死亡率では評価が難しい。何か別のマーカーも考えてみたい。昨年の「放射線とホメオスタシス」に関するシンポジウムではホメオスタシスに関する議論ができなかった。自然環境の放射線レベルからどれくらい離れれば(上昇すれば)ホメオスタシスに影響が表れるのかに興味がある。
田ノ岡
ミッチェルによると、その影響が表れるのは100mGyとのことだ。
松 原
菅原先生に賛成する。がんによる死亡率だけではだめだ。いろいろなファクターに関してデータを取ることが必要。生理的作用の様々な情報を高バックグラウンド地域住民で調べれば、発がんに関連したことがわかるのではないか。
田ノ岡
こうした低線量放射線の生体影響は総合的にはpositive(有益)か、それともnegative(弊害)か。
丹 羽
わからない。
渡 邉
判断の基準によるので良いか悪いかはわからない。ただ生体が応答しているのは確かだ。
野 村
どれくらいを低線量と呼び、作用の対象は何かによる。主観が入るような学問はしてはいけない。
酒 井
善し悪しのバランスは線量率に依存する。
松 原
主観の問題。
Cox
低線量の繰り返し照射が有益かどうかの研究が今進んでいるところだ。その結果を待って答えたい。

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