実験方法

 
 0.2Sv未満あるいは0.1Sv以下の線量ではがんの発生が少なく、単に線量を下げて発がんの有無を見るのには実験上限界がある。現実のヒトの場合にはさらに低い線量・線量率の連続被ばくであることを考えると工夫が必要だ。そこで高線量率と低線量率での発がんを比較して、低線量率での低減効果(線量率効果)からしきい値の存在を証明できると考える。

 これまでの高線量率/低線量率照射の比較では照射時期に問題がある。高線量率照射は若い時期に一回照射が行われ、一方、低線量率照射は生涯を通しての照射である。 しかし、放射線感受性が若い時期に特に高く加齢に伴って低下すること、また自然発がんの確率が加齢に伴って上昇することなどを考えると、これらの実験から得られる結果を線量率の違いに結びつけるのは無理がある。そこで線量率以外の因子を全て同一にして実験を行う必要がある。また、結果の一般性を得るためにマウスの系統も複数で行う必要がある。

 これらのことを考慮して、C3H/HeJ、C57BL/6Jの2系統を用い、照射は6-10週齢に限定して、線量率のみを変えて(7日毎に4回照射)実験を行った。

 結 果


白血病

 マウスの系統によって発生するリンパ腫が異なることが明らかになった。C57BL/6Jマウスではリンパ性白血病、一方C3H/HeJマウスでは骨髄性白血病が主なもので、DDREF値は総線量によって異なる値が得られた。つまり、総線量6.8Gyでは20以上、2Gyでは2.1-2.5、0.4Gyでは1.8という値が得られた。したがって、白血病では低線量域での線量・線量率効果係数(DDREF)値は2とするのが妥当である。

固形腫瘍
  固形腫瘍においては臓器により腫瘍発生線量および線量率効果の差異が認められ、臓器特異的な放射線感受性の違いが見られた。放射線感受性の高い臓器(卵巣など)では低線量域でのみ線量率効果を確認することができた。DDREF値は低線量域では、雌マウスの場合、固形腫瘍全体(卵巣腫瘍を含む)では4.0となり、卵巣腫瘍を除外しても2.0となった。雄マウスでは、低線量率では腫瘍死の増加は見られず6.4となった。

その他

マウス胎内被ばくによる形態異常 5 (総線量0.1-1Gy)
突然変異 3 (総線量1Gy)
TPA塗布による腫瘍生成(肝細胞腫瘍・皮膚腫瘍) 6-8 (総線量1Gy)


遺伝的影響として 精原細胞(雄)の突然変異 3(総線量3-6Gy)
  卵細胞(雌)の突然変異 20 (総線量3-6Gy)


照射を受けた親マウスから生まれた子マウスでの腫瘍発生
>10 (総線量2-5Gy)

少量分割照射や低線量率照射では腫瘍の発生の増加は見られない。

 線量率効果のメカニズム


DNA二重鎖切断に対する修復機能

 SCIDマウスはDNA二重鎖切断の修復ができないため、自然発生的な胎児の死亡や奇形が非常な高率で起こる。このようなマウスに照射を行った場合には、高線量率・低線量率に関わらず同様に奇形が発生した。正常(Wild)マウスでは低線量率による奇形発生頻度は非常に低い。すなわち、低線量率照射ではこの修復機能が十分に働く余裕があり、DNA傷害が奇形に結びつくのを阻止していることがわかる。

環境等による影響
 発がんには様々な因子が関与している。外部からの影響(発がん性の微量環境因子やプロモーター作用のある物質など)はしきい値を低線量側にシフトさせる。一方、免疫賦活的な薬物の作用や免疫機能を活性化するような因子(日常的な軽度の感染など)またその他防御機能を活性化するような物質はしきい値を高線量側にシフトさせる。

 ヒト組織の放射線発がんモデル
 
 改変SCIDマウスにヒト正常組織・臓器を移植することが可能になり、ヒト組織の発がんをマウスレベルで研究することができるようになった。このように移植されたヒト甲状腺は移植後17ヶ月目でヨウ素-125の取り込み、甲状腺刺激ホルモンに対する応答、ホルモン分泌などの機能を維持している。 このマウスを用いて、ヒト甲状腺に対する放射線の作用を検討した結果、高線量率では形態障害、ホルモン分泌能、がん関連遺伝子の変異において明らかな線量率効果が見られた。この手法はこれから大いに期待できるだろう。
 まとめ

 

  • 線量率効果はほとんどの臓器組織に見られる。
  • マウスの種類、組織によって放射線の作用は大きく異なることを示した。
  • 作用の差異は修復機能・免疫機能を始めとする防御機能の差にもとづいている。
  • SCIDマウスを用いてヒト組織の放射線発がんを研究できるようになった。
  • DDREF値として2という値は妥当であろう。

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