放射能


 約35億年前に生命が発生した時に、地球表面上の電離放射線の自然レベルは、現在よりも約3倍から5倍高かったといわれている(KaramとLeslie、1996年)。その当時においては、長い寿命を持つカリウム40、ウラン238、トリウム232は、まだ現在のレベルまでには減衰していなかった。これらの物質の現在の地殻内における含有量は大変高く、生命体が被ばくする最大の線源である。1トンの土には平均的にカリウム40、ウラン238、トリウム232およびその娘核種を約1.3×106Bq含まれている。これは、立方キロメートル当たり、2.6×1015Bqに相当する(表2)。地層1キロメートルの厚さに存在するこれら自然放射性核種は、1平方メートル当たり年間8,000カロリー(32,960J)を作り出している(Draganicその他, 1993年)。


表2 大陸地殻層における天然放射性核種の全連鎖による平均的放射能(Bq)および原子力発電からの廃棄物の総放射能量(Jaworowski,1990年およびUNSCEAR, 2000bによる)
K-40
Th-232
U-238
合 計
土1g中の親核種の濃度
0.420
0.045
0.033
0.498
連鎖中の放射性核種の数
1
9
14
24
地殻中の含有量(17.3×1024g)
7.3×1024
7.8×1023
5.7×1023
8.6×1024
土(1トン中)
4.2×105
4.1×105
4.6×105
1.3×106
土(1立方キロメートル中)
8.4×1014
8.1×1014
9.2×1014
2.6×1015
1997年における原子力発電炉からの廃棄物      
2.2×1015*
全民間燃料サイクルからの2000年までの累積廃棄物、500年の貯蔵冷却後      
7.4×1015*

*本報告


 カリウム40(半減期=1.28×109年)、トリウム232(半減期=1.4×1010年)、ウラニウム238(半減期=4.47×109 年)という極めて寿命の長い自然界の放射能を、発電用燃料サイクルから発生する、それよりもずっと寿命の短い放射性廃棄物の放射能と比較することができる。1997年には、原子力炉による総発電量は、254.5GW(UNSCEAR、2000a)であった。原子力発電炉の年間廃棄物量がMWe当り8.8×109Bq(Saas, 1997年)であると想定すると、この発生源からの放射性廃棄物の総量は年当り2.2×1015Bqとなり、そのうち最も寿命の長いものはプルトニウム244(半減期=8.26×107年)である。これと同量の自然界の平均的な放射能量は、0.9×0.9キロメートルの範囲で1キロメートルの深さの土の塊に含まれているものに相当する。人間の作り出した廃棄物は、自然界のトリウム232をはるかに超える放射性毒性(Sv/Bqで表現)を与えることはない(IAEA、1996年)。

 自然界の放射性核種が地球の1キロメートルの深さから地表まで移動するのを防ぐ方法はない。放射性核種は、機械的移動や溶液中での移動は可能である。トリウムは地層内の条件下では浸み出すことはなく、主として非溶解型の鉱石の状態で存在する。ウランは移動性が高く、地下水によって何10キロメートルも移動することがある。ラジウムは硫酸塩を含まない中性または酸性の溶液の中では移動する。火山の爆発活動のない時期、大気へのアルファ線を放出する210Poの火山性注入量の平均は、年間約5×1015Bqになる。これは1997年の原子力発電炉からの放射性廃棄物の発生量のほぼ2倍に当たる(表3)。ウラン、トリウム、ラジウムの間の地球化学的な相異によって、放射平衡状態に大きな違いが生じる(Jaworowski, 1990年)。



表3 大気への最も重要な放射性核種の放射能とその放射線エネルギーの年間放出量
線 源
放射能(Bq)
エネルギー(J)e
自然界
222Rn
3.3×1019
222Rn
3.0×107
核兵器:生産と爆発a
3H
7.0×1018
3H
2.1×104
チェルノブイリb
137Cs
7.0×1016
137Cs
6.1×103
原子力発電c
3H
5.6×1016
222Rn
1.3×104
自然界:火山活動(爆発以外)
210Po
5.1×1015
210Po
4.4×103
石炭燃焼d
222Rn
8.5×1014
222Rn
7.6×102
a 1945-1980の年間平均; b 1986年の10日間の放出; c 1981年の平均; d 1980年の平均; e 崩壊エネルギー(Magil、1999年)

 

 それとは対照的に、人工の放射性廃棄物については地下深くの貯蔵所に保管して先端技術による有効な防護策が講じられている。表2で一見して分かるように、1997年に原子力発電炉から発生した世界中の廃棄物が、地殻中の天然放射性核種の総放射量の2倍になるには、約30億年かかることになる。 世界中の民間核燃料サイクルから2000年の終わりまでの累積廃棄物の放射能ははるかに大きく、「ヘビー・メタル」の20万トンに当たり、10年間の冷却後には7×1021Bqの放射能に相当する(SemionovとBell, 1993年)。 高レベル廃棄物と使用済燃料の地下貯蔵庫への処理は500年以上貯めなければ一般人への被ばくは始まらない(OECD、2000年)。 500年経過すれば、高レベル廃棄物の放射能は、約7.4×1015Bq(Chwaszczewski, 1999年)にまで減衰し、これは1.7×1.7キロメートルの範囲で1キロメートルの深さ、すなわち3立方キロメートル未満の土の塊に含まれている自然界の放射能に相当する。

 自然界からの地球大気への放射性核種の年間放出量を核兵器の生産・爆発、原子力発電サイクル、石炭燃焼、チェルノブイリ大事故からの放出量を比較してみると興味深い。チェルブイリ大事故を除くと、公衆の健康に潜在的影響の最も大きい9種類の放射性核種の流れの比較が行なわれている(Jaworowski, 1982年)。特定の放射線源からの放出放射能量の最も大きいもののみを表3に示す。異なる核種からの様々なエネルギー放出量の詳細を説明するために、放射線エネルギーの放出量も示している。 表3の示すとおり、自然界の発生源から地球大気に放出される放射能の流れは、特定の人工源からのものよりも2桁から5桁も大きく、放射性エネルギーは3桁から5桁も多い。地球規模で見ると、人間に起因する放射性核種の放出およびその影響は自然界のものに比べるとはるかに小さい。原子力発電の場合、最も高い放射能放出は3H(年当り5.6×1016 Bq)であるが、放射能エネルギーの最も高い放出は222Rnのものである。なぜなら、その崩壊エネルギー(5.5905 MeV)は、3Hの崩壊エネルギーよりも300倍くらい大きいからである。222Rn放射能放出量は年当り1.5×1016Bqに過ぎない。

 上記のことは地域的な規模、特に軍事活動の場合には事情が異なるかもしれない。チェルノブイリ事故の後には地球表面の民間最大汚染が発生した。最善のデータ(UNSCEAR, 2000c)によると、この民間原子力設備の災害としてはおそらく最大の事故の発生1日後に、地上の高濃度汚染は1時間当り1Gyという線量率でふたつの畑を覆い、人の住んでいない場所では約0.5平方キロメートルの面積におよび、火災の発生した原子炉から1.8キロメートルの距離までを覆った。1Gyの等値線から数百メートル離れると、放射線率は2桁のオーダーで下がった(図1)。幸運なことに、この状態では一般住民に差し迫った危険を与えることはなかった。これと比較すると、10メガトンの地表核爆発の後の1時間当たり1Gyの等値線は(静かな天候の下では)440キロメートルの距離におよび(Miller, 1968年)、死の灰で何万平方キロメートルもの範囲を覆うことになる。チェルノブイリから遠く離れた地域では、原子力発電所の放射性核種の降下物はもっと少なく、急性の放射線健康影響あるいは遺伝子傷害、白血病、固形がんなどの長期的影響を起こす程のレベルには達しなかった(UNSCEAR, 2000c)。唯一の例外は、子供と大人の甲状腺がんの増加であった(UNSCEAR, 2000c)。

 

図1 チェルノブイリ原子炉周辺地域における1986年4月26日の空間放射線量率の測定値。等値線の単位はR/h。(UNSCEAR, 2000c)


    

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