タイトルgif

 

 2004年2月10日付の読売新聞において、「がん3.2% 診断被ばく原因」と一面トップの見出しで、1月31日付の英国の医学誌「ランセット」に掲載されたオックスフォード大学グループの調査結果「診断用X線によるがんリスク」の概要が報道されました。医療機関でのX線診断による被ばくが原因の発がんは日本が最高で、年間 の全がん発症者の3.2 %を占めるというものでした。この研究報告に対して、6月5日付の「ランセット」は、上記評価の妥当性を疑問視する5件のコメントを掲載しました。

 コメント1



 
M Tubiana, A Aurengo, R Masse,A J Valleron Centre Antoine Beclere, Centre Universitaire des Saints-Peres, 45 rue des Saints-Peres, 75006 Paris, France

 Berrington de GonzalezとDarbyは、診断用X線によって引き起こされるがん件数の推算を“しきい値なし直線仮説(LNT)”に基づいて行った。残念ながら両者は、この仮説が憶測的であることを明確にせずにこの計算を行っている。

 放射線に対する細胞の防御が複雑で効果的であることが研究によって明らかになっている。ほ乳類細胞の何百種類もの酵素がこの作用に関わっている。酵素のいくつかはDNA傷害のタイプや数を認識し、またいくつかはDNA修復やアポトーシスに関与するたんぱく質を活性化する。さらに細胞を取り巻く環境からのシグナルが細胞の運命に影響する。傷害を受けた細胞は(アポトーシスによって)除去されるか、DNA修復を受ける。修復メカニズムにはいくつかあるが、修復の早さや間違いの起こりやすさなどが異なっている。傷害の数や深刻さ、そして作用外を受けた細胞の数など様々な状況に対応するために、ひとつではなく、多様なメカニズムが協同して防御を行っている。低線量や極低線量の放射線に対しては、このようなメカニズムは非常に効果的に働いている。なぜなら傷害を受けた細胞が少ないときは、それらの細胞は細胞死によって除去される。また放射線に対する適応応答があり、半分を超える実験においてはホルミシス効果が見られている。高線量から低線量への直線的な外挿は、低線量でのリスクを正確に表すことはできないだろう。

 年間1-20mSvくらいの自然放射線レベルの線量ではもし発がん作用があったとしても非常に小さいだろう。事実自然線量の違う地域間では、がん発生には違いは見られない。ほとんどの診断用X線で使われる放射線の線量はこのレベルである。何百という疫学調査や実験があるが、生後の被曝では50mSv以下の線量で発がん作用が見られるというデータはない。

 LNTは200mSv-3Sv被曝した原爆生存者の固形がんの過剰リスクを表す場合には適用できる。しかし50mSvでは、(LNTではない)他の線量作用モデルが場合によってはより適切である。LNTではたった一つの電子が細胞核を貫通しても、何百の電子が貫通しても発がん作用は同じとしている。しかし貫通する電子の数によって細胞への作用が異なることが実験によって示されている。

 我々はこの論文の計算によって、人々が発がんをおそれて検査診断を受けなくなるのではないかと心配している。害と益のバランスが検査を受けるか受けないかの判断基準となる。したがって検査診断の減少による死亡の増加を推算するべきだろう。

1
Berrington De Gonzlez A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2
Rothkamm K, Lobrich M. Evidence for a lack of DNA double-strand break repair in human cells to very low x-ray doses. Proc Natl Acad Sci U S A 2003; 100: 5057-62.
3
ubiana M. The carcinogenic effect of low doses: the validity of the linear no-threshold relationship. Int J Low Radiation 2003; 1:1-33.
4
Duport P. A data base of cancer induction by low-dose radiation in mammals: overviews and initial observations. Int J Low Radiation 2003; 1: 120-31.
5
Calabrese EJ, Baldwin LA. Toxicology rethinks its central belief. Nature 2003; 421: 691-92.
 コメント2


 
J A Simmons
74 Whitehall Park, London N19 3YN, UK

 Berrington de GonzalezとDarbyは、英国では75歳までの累積がんリスクの約0.6%が診断用X線によるとした。これは年間700件のがんに相当する。

 著者らはこの計算がいくつもの仮定を含み、かなりの不確かさがあると述べている。そして6種の仮定値の設定の仕方による誤差の変動を検討しているが、更なる誤差の原因についてはDiscussionの最初の一文で片づけられてしまい、検討されていない。つまり“我々の推算は少しの放射線でもがんを引き起こすという仮定の上に成り立っている。実験データや疫学データはしきい値の存在は示していない”と述べているにすぎない。ここで使われている“少しの放射線”というのは、ほとんどが組織線量10mSv以下のことで、唯一の例外はバリウム注腸検査とある種のCT検査である。

 推算の土台となるこの仮定に反する事実がかなりある。Muirheadらは、放射線従事者の被曝による実際の死亡率は、計算値の82%であること、400mSvまでは被曝によるがん死亡の増加はないことを明らかにした。

 原爆生存者のデータを見てみると、低線量における悪影響の見積もりは検討が必要だということが分かる。たとえばPrestonらが言うようにように、200mSv以下の被曝では線量にともなって腫瘍が増加するというデータはないとHeidenreichらも考えている。このように、Berrington de GonzalezとDarbyは低線量での生体作用(発がん作用)にまつわる不確実さを考慮すべきであったと思われる。

1
Berrington de Gonzlez A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2
Simmons JA, Watt DE. Radiation protection dosimetry: a radical reappraisal. Madison, WI: Medical Physics Publishing, 1999.
3
Muirhead CR, Goodill AA, Haylock RGE, et al. Occupational radiation exposure and mortality: second analysis of the National Registry of radiation workers. J Radiol Prot 1999; 19: 3-26.
4
Heidenreich WE, Paretzke HG, Jacobi P. No evidence for increased tumour rates below 200mSv in the atomic bomb survivor data. Radiat Environ Biophys 1997; 36: 205-07.
5
Preston DL, Shimizu Y, Pierce DA, et al. Studies of mortality of atomic bomb survivors. Report 13: solid cancer and noncancer disease mortality: 1950ミ1997. Radiat Res 2003; 160: 381-407.
 コメント3


 
Shigenobu Nagataki
Japan Radioisotope Association,
2-28-45 Honkomagome, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8941, Japan

 Berrington de GonzalezとDarbyは、日本の診断用X線被曝は世界で最も高く、そのために起こるがんも最も多い(3.2%)と述べた。私はこの研究が重要であることは認め、ICRP、IAEAやWHOなどが勧告しているように医療被曝に対する最適の防御が必要であることには同意する。

 しかしこの報告は読者たち、特に報道によってこのことを知らされた人々、には誤解を与えかねない。報道では診断用X線の有益な点よりも(発がんなどの)害が強調される傾向がある。私はX線診断の有益性を強調したい。

 多くのがんはこれらの診断によって発見され治療されている。ここで放射線がどれほど役に立っているかを示す十分な統計データがないのは残念だ。早急に調査を始めるべきだろう。日本では死亡原因の31%をがんが占めているが、世界でも最も長い誕生時余命年数(寿命)を誇っている(男性78.3年、女性85.2年)ということ、さらに年齢が高くなるにつれて診断よX線による害は小さくなるということに留意する必要がある。

 原爆生存者の疫学データが国際的に放射線防護の基準として受け入れられていることは認めるが、低線量被曝における適用には相当の不確実さがあることを知らなければならない。

1
Berrington de Gonzlez A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2
International Commission on Radiological Protection. ICRP publication 60: 1990 recommendations of the International Commission on Radiological Protection. Ann ICRP 1991; 21: 1-3.
3
Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan. Summary of vital statistics. http://www.mhlw.go.jp/english/database/dbhw/ populate/index.html (accessed Feb 24, 2004).
4
Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan. Summary of vital statistics: abridged life tables for Japan 2002. http://www.mhlw.go.jp/english/database/dbhw/ lifetb02/1.html (accessed Feb 24, 2004).
5
International Radiation Protection Association. Bridging radiation policy and science. http://www.irpa.net/irpa10/ cdrom/01326.pdf (accessed Feb 24, 2004).
 コメント4


 
Debasish Debnath
Department of Surgery, University of Aberdeen,
Medical School, Aberdeen AB25 2ZD, UK

 放射線のリスクは有益さとのバランスの上で考えるべきである。診断用放射線の害と益の議論では、一方が忘れられているようだ。放射線を用いる場合には、患者は前もって説明を与えられ、同意の上でなされるべきである。その際には放射線を使うことによる利益と害、そして他の測定法があるのかどうかなどが説明されるべきだろう。たとえばバリウム注腸検査の場合には、どうしてそれが必要なのかということ、穿孔 の危険性が20000分の1、致死的ながんの危険性が50000分の1であること、他の検査法はcolonoscopy(その場合にはそれぞれ1000分の1と17000分の1)であることなどを説明すべきだろう。

1
Berrington de Gonzlez A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2
Herzog P, Rieger CT. Risk of cancer from diagnostic X-rays. Lancet 2004; 363: 340.
3
Payne K. Risks of barium enema. http://healthinfo.nch.org/library/healthguide/medicaltests/topic.asp?hwid=hw198669 (accessed May 5, 2004).
4
Thompson MR, Heath I, Ellis BG, Swarbrick ET, Wood LF, Atkin WS. Identifying and managing patients at low risk of bowel cancer in general practice. BMJ 2003; 327: 263-65.
5
Eric Hall. Radiobiology for the radiologist, 4th edn. Philadelphia: J B Lippincott, 1994
 コメント5


 
Eugenio Picano
National Research Council,
Institute of Clinical Physiology, 56124 Pisa, Italy

 Berrington de GonzalezとDarbyは、先進国ではがん全体のうちの0.6-3.2%が診断用X線によって引き起こされると述べている。これは驚くべき数字だが、3つの理由でまだリスクを過小評価している。

 第一に、被曝線量の見積もりをUNSCEAR 2000報告書のデータから行っている。これらの数値は1991-1996のものであり、1990年代の中頃ではCTは頻度としては放射線診断の4%を占めるに過ぎず、線量としては放射線診断全体の40%であった。しかし現在では大きな病院ではCTは頻度で15%で、その線量は放射線診断全体の75%を占めている。合衆国では1993年にはCTは1000万回だったが、2001年には6000万回となっている。

 第二に、核医学的方法による被曝への寄与である。X線の使用に比べれば核種を用いた診断法の頻度的な寄与は小さい。しかし平均被曝線量はX線の3倍大きく被曝線量全体の10%になる。2002年の核医学検査回数は1200万回から1300万回で、心疾患の核医学的な診断は1993年の300万回から2001年の700万回へと増加している。負荷心筋シンチグラムでは胸部X線撮影約500回分の被曝をする。このような増加による寄与を考慮すべきだ。

 第三に、著者らは放射線によるがんについて考察しているが、がん以外にもいろいろなリスクがある。不妊、早老症、精神発育の低下、奇形発生などである。これらの子孫に対する影響は致命的ながんの発生の5分の1になると見積もられる。

 結論として、医療における不適切な放射線の使用による悪影響は、Berrington de GonzalezとDarbyが示したよりずっと深く広いものになる。我々内科医や医療画像専門家はおおむねこれらの影響のことを知らず、同じ検査情報が得られるなら放射線を用いない検査診断を行うようにと、European Commissionの2001年ガイドラインが勧告しているにもかかわらず、大量の放射線診断を続けている。医療放射線の使用についての取り決めは政策的にも医療的にも最重要課題となっているように思われる。

1
Berrington De Gonzlez A, Darby S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries. Lancet 2004; 363: 345-51.
2
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation. Sources and effects of ionizing radiation. New York: United Nations, 2000.
3
Kalra MK, Maher MM, Saini S. CT radiation exposure: rationale for concern and strategies for dose reduction. Proc SCBT/MR 2003; 7: 45-54.
4
Picano E . Sustainability of medical imaging. BMJ 2004; 328: 578-80.
5
European Commission. Referral guidelines for imaging. Rad Protect 2001; 118: 1-125. http://europa.eu.int/comm/environment/radprot/118/rp-118-en.pdf (accessed May 5, 2004).
 著者返答


 我々はDiscussionの最初で、この推算はどんなに少ない放射線でもがんになるとの仮定のもとに行われたことを述べている。多くの診断で用いられる10mSv以下のX線被曝によるがんリスクを直接疫学的に求めるためには、500万人を対象とした調査が必要であると見積もられている。したがってそのような低線量でのがんリスクを明確に求めることは不可能に近い。そこで我々の行ったリスクについての仮定の正当性を支持するような疫学的な個々の調査データを見つけだすよりも、疫学のあるいは実験の総説的なデータを検討した方がいいと考えた。我々は直線的な線量作用相関に関する合衆国NCRPの最新の報告とその他の国際的な専門家による報告を参考にして計算を行った。両者とも低線量におけるリスク評価には直線仮説が最も適切なモデルであると結論している。

 我々は、診断用X線の有益性を強調すべきというNagatakiの意見に賛成である。またNagataki とDebnathが指摘しているように、有益性とがんリスクのバランスを考えなければならない。このためには公式のリスク-ベネフィット分析が必要だが、それぞれのタイプごとに検討しなければならない。この分析は現時点ではマンモグラフィーに関してのみ行われているに過ぎない。我々の論文とともに掲載されたHerzogとReigerのコメントで、「放射線科医や臨床医は放射線診断を指示するに当たっては、このリスク-ベネフィットを注意深く考えて判断すべきである」と述べているが、我々の推算は非公式であるが、その判断に役立つだろう。

 最後にPicanoは最近の診断で増加しているかもしれないリスクについて、核医学からの寄与は我々の計算した値に10%上乗せするかもしれないと述べている。我々の用いた値はすべて最新の公表されたデータである。したがってここで述べられているような(公表されていない)情報については考慮していない。


ホームページに関するご意見・ご感想をこちらまでお寄せ下さい。メールgif
メールアドレス:rah@iips.co.jp