重要な調査結果が、10年待っても学術誌に発表されないため、この調査の技術諮問委員会(Technical Advisory Panel)のメンバーであったWisconsin大学名誉教授のJohn Cameron博士は、他の科学者たちの注意を引かせるため、米国物理学会のForum on Physics & Society(2001年10月号)で紹介された。

 以下に米国の原子力造船所作業者について行われた調査の最終報告の結果とその評価について解説する。

 調査対象者

 
 1957年から1981年の間に、原子力艦船のオーバーホールを行った米国の2カ所の民間造船所および6カ所の海軍造船所で働いた約7万人の男性  作業者を調査の対象とした。この中には、仕事中に放射線を受けた38,220人(放射線作業者)と全く放射線作業を行わなかった32,510人(非放射線作業者)が含まれている。受けた放射線は主に、コバルト-60(鋼材中に含まれ原子炉の中性子によって放射化されたコバルト)からのガンマ線である。

 調査結果

 
 表1および図に示すように、放射線作業者の死亡率は、5mSv以上を受けた高線量グループ、5mSv未満の低線量グループとも同様の作業を行ったが、放射線を受けなかった非放射線作業者(死亡率は米国人一般と変わらない)よりも有意に低い結果であった。全死因の標準化死亡比(SMR)でみると、高線量グループは低線量グループよりも低く、米国人一般と比較すると24%も低い。また、表2に示すように、白血病、リンパ系および造血系がんのSMRは、非放射線作業者よりも放射線作業者の方が低いことが分かる。

 アスベスト暴露の指標とされる中皮腫による死亡については、造船所作業者のいずれのグループも米国人一般と比較して有意に高いが、過去に造船所でアスベストが使われており、アスベストを意識しての診断精度の違いが原因とも考えられる。



表1 米国原子力造船所作業者の疫学調査結果
 
高線量グループ
(≧5mSv)
低線量グループ
(<5 mSv)
ゼロ線量グループ
(非放射線作業者)
人 数
27,872
10,348
32,510
人・年
356,091
139,746
425,070
死亡数
2,215
973
3,745
死亡率*(1000人・年当り)
6.4
7.1
9.0
標準化死亡比**(SMR)
0.76
0.81
1.00
95%信頼区間
(0.73〜0.79)
(0.76〜0.89)
(0.97〜1.03)

*死亡年月日不祥を除く  **米国白人男性との比較

 

 

表2 造船所作業者の標準化死亡比(SMR)

死 因
高線量グループ
(≧5mSv)
SMR(95%信頼区間)
低線量グループ
(<5mSv)
SMR(95%信頼区間)
ゼロ線量グループ
(非放射線作業者)
SMR(95%信頼区間)
全死因
0.76(0.73, 0.79)
0.81(0.76, 0.86)
1.00(0.97, 1.03)
全がん
0.95(0.88, 1.03)
0.96(0.84, 1.08)
1.12(1.06, 1.20)
白血病
0.91(0.56, 1.39)
0.42(0.11, 1.07)
0.97(0.65, 1.39)
LHC(*)
0.82(0.64, 1.08)
0.53(0.28, 0.91)
1.10(0.88, 1.37)
中皮腫
5.11(3.03, 8.08)
5.75(2.48, 11.33)
2.41(1.16, 4.43)
肺がん
1.07(0.94, 1.21)
1.11(0.90, 1.35)
1.15(1.02, 1.29)

*LHC:リンパ系および造血系のがん

 調査結果の評価

 
 原子力船の修理に従事した放射線作業者の死亡率が有意に低かったという結果を、低線量放射線の有益な効果と解釈することもできる(John Cameron博士など)が、最終報告書では、グループ間の違いは死亡者数が少ないための偶然のバラツキかもしれないとしている。

 米国放射線防護測定審議会(NCRP)の科学委員会(SC 1-6、Arthur Upton委員長)の報告書(NCRP No. 136)では、「この調査結果がホルミシスを示したと称する解釈は、放射線作業者とするにふさわしいとして選ばれた要因(selection factors)による可能性を無視している。全死因に差が出て、放射線に敏感なはずのがんでは差がないという事実が、選抜要因が働いたという解釈を支持している」としている。しかしながら、表2に示すように、全がんについても放射線作業者の方がSMRが小さく、高線量グループでは、米国人一般より5%もがんによる死亡率が低く、これは統計的に有意であるから、選抜要因が働いたという解釈の方が根拠がないといえる。

 なお、近藤宗平大阪大学名誉教授は、Isotope News誌2002年8月号で、「放射線は少し浴びたほうが健康によい」という有力な証拠として、英国放射線科医の調査結果と併せて本調査結果を紹介している。

 解 説

 
 この原子力造船所作業者の調査は、米国エネルギー省がジョンズ・ホプキンス大学の疫学部(主任研究者Genevieve M. Matanoski教授)に委託して行ったもので、1979年に開始し、1991年最終報告が出されるまで10年以上、1000万ドルもの費用をかけたといいます。また、Arthur Upton委員長はじめ米国の著名な専門家8名からなるTechnical Advisory Panelが、年2回のピア・レビュウを行い、1988年には最終報告のドラフトの承認をも行った非常に質の高い調査であるにもかかわらず、いまだに公刊されていません(最終報告書の入手は可能ですが)。

 学術誌に発表されない理由は、放射線を受けたグループの方が死亡率が低いという研究結果は、批判に晒されやすく耐えられないと考えているためか、あるいは、核兵器を研究開発しているエネルギー省としては、少量の放射線が健康に有益では困るためであろうか。

 参考文献

(1) Cameron, J: Is Radiation an Essential Trace Energy, Forum on Physics & Society of The American Physical Society, October 2001
(2) Matanoski, G. M.: Health Effects of Low-Level Radiation in Shipyard Workers, Final Report, DOE/EV/10095-T2(National Technical Information Service, Springfield, Virginia)(1991)
(3) National Council on Radiation Protection and Measurements: Evaluation of the Linear-Nonthreshold Dose-Response Model for Ionizing Radiation, NCRP Report No. 136(2001)
(4) 近藤宗平:「放射線は少し浴びたほうが健康によい」Isotope News誌2002年8月号、2 〜7頁


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