(財)体質研究会 理事長
菅原 努

 1.まえがき

 
 中国広東省の高自然放射線地域のことについては10年前の1990年9月発行の「環境と健康(Vol.3、5)」に“自然放射線と健康”と題して、中国の工業衛生実験所の発表を材料にして報告しました。これが一つの契機になって日中共同研究の話が持ち上がり、翌1991年1月に京都で日中の専門家が集まり今までの成果を検討し、新しい研究計画の提案がなされました。それを受けて1991年度に一年をかけて予備調査を行い、それに基づいて1992年から3年づつ2期6年の共同研究を行いました。その後さらに研究は継続していますが、一応この1998年の時点で纏めたものがこの10月に日本放射線影響学会の英文誌Journal of Radiation Research の特集号として出版されました。これは英文が全部で8篇(74頁)のものなので、ここにその主な点を要約して紹介しようと思います。

 この内容の大部分は既に原安協プライマー4として、昨年発表したものに含まれますが、何れも学術論文なので堅苦しく一般の方には読みづらいと思いますので、お話調に分かりやすくしてみました。また、約1年を費やして英文論文にする間に新たに解析や考察を加えたところが少なくありませんので、そのようなところに力点を置いて紹介することにします。

 2.研究の経緯

 
  まえがきに簡単に流れを紹介しましたが、それをもう少し詳しく追ってみることにします。前書きに紹介した1986年までの報告を1990年の初め頃に入手したときに、中国側から「中国ではその後研究費が続かず研究は中断しているので何とか日本から援助が得られないだろうか」という相談が非公式にありました。その時には[そんなことはとても無理だ]とお断りしていたのですが、私の頭の中には宿題として残っていました。1990年秋に中国を訪問したときに、中国側の具体的な研究費の規模などを聞いてみました。その時に比較的少ない金額を言われたものですから、それくらいなら何とかなるかも知れないと考え、日本に帰って検討することにしました。

 帰国の上何人かの人に相談すると、お金より先ず研究の内容であるということになりました。それを検討するために翌1991年1月に京都で日中の研究者に集まってもらってワークショップを開きました。先ず中国側の発表を聞き、討論した後、テーマ毎にグループに分かれて今までの研究の問題点を指摘しそれに基づいて新しい研究プロトコール案を作ってもらいました。それは線量の測定や染色体分析に最新の技術を取り入れることは勿論ですが、今までのように高線量地域とコントロール地域という2群の比較ではなく、高線量地域を幾つかに分けしかも集団を固定してコホート(追跡集団)を作り今後それを長く追跡する、というものでした。中国側もこの改訂案に賛成し、翌1991年度をその実現可能性を調べるフィージビリティ研究に当てることになりました。1991年には私を含め何人かの研究者が日本から北京及び現地を訪ね、実施に必要な設備、機器などわれわれの考える研究プロトコール実施の条件整備を検討しました。こうして1992年から3年を一期とする日中共同疫学研究が始まったのです。実はこの共同研究は初め高自然放射線地域だけでなく、もう一つ中国の医用放射線作業従事者の健康調査も並行して実施していましたが、それは1998年3月で打ち切られ、それ以後は高自然放射線地域のものだけが続けられています。その為予算も初めの予定を遥かに超えて最初の2期はそれぞれ3年で1億円を越しました。それでもなお他の放射線関係の疫学研究(例えば原爆被爆者、原子力施設従業員などのもの)に比べるとその何分の一かで、研究者の方々の奉仕的努力によるところが大きいことを、感謝を込めて記しておきたいと思います。

 なおこの研究を国際的な評価に曝す為に、各3年が終わる1995年と1998年に国際的なワークショップを開き、国際的な専門家の評価と勧告を受け、それを次の研究に生かすようにしました。最近大学などでも外部評価ということが言われるようになりましたが、われわれのこの研究では初めからそれを組み込んできました。2001年3月に第3期が終了しますが、今回はこのワークショップの予算が組まれていませんが、何とか実施したいものと考えています。

    

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